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インド旅行記
>>@ニューデリー、帰国
この旅も終盤に近づいてきた。リコンファームをしようとしたが中国当方航空だったためチャイニーズが英語を聞き取ってくれない。お互い英語で話しながらあまり理解できない。てめぇもっとゆっくり話せと思いながら違う電話番号を教えられたらい回しにされそうだったのでとりあえず切った。日本人を発券して彼女にしてもらった。なんとでもなるものである。ただもう少し英語力をあげねばと思った。
今日は電車のチケットを取りに行った。一番下のクラスのチケットをとることができた。ただ取るのははじめての場合は大変で販売員に聞きまくった。必死に聞いていると他のインド人たちも邪魔しなくなってきた。めでたくチケットが取れたのでニューデリー方面に向かっていった。途中アラハバードという町だけは恐ろしかった。この町で一泊しようとしたのだが日本人というかイスラム系の人以外はとめてくれないのだ。日本人はなんとかセーフのラインらしいのだが宿代がかなり吹っかけられたのでこの町はあとにすることにした。
インドの電車の一番ランクの低いエアコンなしの2等車はすごいものだった、本当に乗れるのかというくらいの人が乗っていてそそこ押し込まれる。なんとか自分の場所を確保する。俺の場所はトイレ前だったのだが最低だった。まずくさいしトイレにいくやつがいるたびに通してやらねばならない。そしてトイレ帰りのやつらがかないの確率で俺の脚を踏んでいく。しかもどこで仕入れたかわからない水ををたっぷり含んだスリッパで。俺の足はおそらく汚水まみれになっていたがもはやあきらめていた。しょうがない。
電車に乗っていると本当にコブラ使いが入ってきた。コブラか怪しいほど顔がスマートな蛇だったが。二人組みの子供が笛を使って見事に操る。思わず見てしまった。そしてその後はチャイおじさんの登場だ。チャーーーーイ、チャーーーーイとひたすらいいながら移動する。当然売り物はチャイ。どんな水を使っているかはわからないが飲むことにした。インドのチャイは甘くておいしい。おそらくイギリスの影響を受けているのだろう。
電車は途中無意味に停車したりしながら進んでいく。そして今がどこの駅かは看板で判断するかインド人と仲良くなっていて教えてもらうしかない。そしてニューデリーまで一本でいける都市までたどり着いた。そこで一晩明かしてから明日は夜行列車でニューデリーに戻るだけである。
翌日予約を取っていたスリーパークラスというしたから二番目のクラスの電車に乗った。このクラスからは予約が要るのである。はっきりいって真夏じゃない限りこのクラスで十分である。しっかり寝ることできた。ちなみにインドは一日中電車が入っているので日本のように終電と言う概念はないだろう。あと駅には電気があり水道がありトイレがあるので大量の浮浪者たちがいるので治安はそこまでよくはないかと。
夜が明けてきた、そろそろニューデリーだ。周りのインド人に話をする。一人よさそうなおじさんがいたので彼にニューデリーについたら教えてほしいと告げる。そして到着時間からそれほど遅れることなくニューデリーに到着した。俺は電車に忘れ物をしていたのだがその人が追いかけて届けてくれた。こんなインド人もいるんだとなんだかうれしくなった。あの笑顔は忘れられない。
ニューデリーに着きうまいものが食べたくなったのでパークというそこそこいいホテルに向かった。朝飯くらいは安いだろうと思い。場違いな服装と荷物で朝飯をむしゃむしゃ食べた。10ドルだったが価値はあった。このホテルのトイレには手を拭くためのティッシュを渡すサーバントまでいた。そしてお客はたいていビジネスマンでインド人はシク教徒の証であるターバンをかぶっているひとが多かった。
テロがあった場所はきれいに治されていてもうあまり面影が無かった。ここでお土産を買って時間をつぶした。途中耳かき職人がいたのでやってもらったがありえないほど取れた。俺は旅行中も自分の耳かきで掃除していたので衝撃だった。インドに行ったら一度は体験してほしい。そしてくつ磨きもすごくきれいになる。5ルピーと言うのでやってもらうと片方だけしかしない、もう片方は10ルピーいるそうだ。めんどくさいので片方だけぴかぴかの靴で歩くことにした。
夕方、オートリキシャーで空港まで送ってもらった。飛行機までの5時間空港で過ごすのは苦痛だった。インドクオリティーなのに値段はワールドスタンダード、そして汚い。しょうがないからバーに入ってビールを飲みながら過ごしていた。そして上海経由で関空へ。このとき食べた機内食の米はむちゃくちゃうまくてしゃぶりついた。今でもあのときの感動はわすれることができない。

だいたいのものは10ルピーで購入できる。相場を早くつかむのは大切。